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2005-06-19

コメント

栗田さんが最初にハウスに移り住んできた時のエピソードを興味深く見させていただきました
でもさすがですね、ハウスの正式な呼び名がデペンデントハウスというとは知りませんでした。

かつてGee Bee Clubの橋本氏が、「ハウスの文化を残す運動」を福生市に呼びかけていたことがありました。
実際にハウスで生活した人々は、アメリカの生活様式から何かしら影響を受けているわけですが、私も含め、ほとんどの人が最初の物珍しさで終わってしまい、あとはバラック的に手を入れて使い始めた方が多いですね。
アメリカ軍が使っていた時代は、住人の出入りの際、必ず住宅局の厳しいチェックがあったので、そのおかげでハウスが毎回修理され、50年以上も存続できたのでしょう。
ペンキを塗る作業、水性塗料ではなく、昔から使っている油性のくさいやつ。
この皮膜があのハウス群をアメリカンハウスとして守ってきたのだと思います。

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