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2005-12-10

コメント

この本を購入されたシカゴのNAMMショー、なつかしいです。
最近のDJの皆さんも「コダワリ」の真空管アンプを持ち込んでプレイするのが「クール」だそうです。オーディオやっていても思うのですが、結局半導体のアンプは一部を除いてダメですね。スペックを追いすぎて歪みをなくしてしまうと、大事な音楽のダイナミズムまで奪っているようです。それに対して、真空管アンプの程よいナチュナルな歪みは、人のもつ波動みたいなものに共鳴するのでしょうね。

NAMM入り口の写真にHondaさんが小さく写ってましたね。
アップしてから気がつきました。

アンプの歪みも、バイオリンの音の唸りも、
音の捉え方や音楽がおもしろくなるのは、これからではないでしょうか。
アナログとデジタルを使えるようになった「猿」が神に近づけるかな・・・・。

以下の文章は、大橋力:著 「音と文明」より抜粋要約です。

きれいな正弦波は鳴り続けているというバーチャルな状況でない限り、存在できないそうです。どんな音でも、自然界に存在している音は鳴り始めて、鳴り終わることを繰り返します。
倍音を含んだ複雑なビートとノイズ、それに音圧は、森を静寂と感じてしまう既成概念とは裏腹に、実は70dBA以上の音圧があるとか。

近代を築くためにデカルトが編んだソフトウェアを捉える網の目は、粗大なサイズをもつ情報だけを対象に設定されたようです。
より微細な非言語情報や知覚の境界上の微妙な情報などは、この網の目からこぼれ落ちて捨てられているのです。
一方、ニュートンが編んだハードウェアを捉える網の目では、それをくぐり抜けて計測可能な量に至らないものは、存在しないものとして扱われてしまいます。

あっ、ホントだ! 僕の後ろ姿がうつってますね。今と違って痩せてます ;-)

大橋力:著 「音と文明」という本、知りませんでした。購入して読んでみます。

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