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2006-03-12

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我が家の庭に、いくつか植物の鉢があります。
ちっちゃなムスカリが咲き始めました。
実生のアーモンドも実力が付いてきた感じで、幹も太くなり、
順調に芽がほころび、春らしい景色です。

しかし、未だ春を感じさせないものもあります。
そのうちのひとつが「ミエモミジ」と呼ばれているものです。
もちろん葉が三重になるわけでもなく、三重の産でもありませんが、
ご推察の通りの事情でそのように呼んでいます。
秋にはプクプクの素晴らしい芽を付けていたのですが、やはりこの冬は
寒さが厳しかったのですね。

冬芽、春芽という言葉があるそうな、もう少し待ってみましょう。
でも、この木、芽が出始めるとその枝が伸びまくり、いつも
手に負えなくなるんですよね。
剪定の知識がまったく無いので、いつも悩ませてくれます。

きのう、奥多摩へ行ってきました。 梅は、まばら。
友人の蕎麦屋へ寄り(友人が蕎麦屋になった!)、せいろを手繰り、
それから御岳美術館へ行きました。
そこにはミエモミジゆかりの人と信州で一緒に見た碌山の「女」が
置いてありました。 黒光をモデルにした苦悶の作。

その蕎麦屋は、気軽に行けるところなので、お勧めします。
気軽ということは、突出していて笑えるわけではない。
でもこのレベルのものが近くにあるって、ありがたい。
http://www.tv-asahi.co.jp/rakuen/new/konsyu/jikai.html
ということで、しばらく近づけなくなりそうですが・・・。

穏やかな季節のかわりかたではなくなってきた今の地球。
このような激しさは自然にはすでにすり込む済みかもしれませんが、人間は弱いです。
しかし、お互いにデペンデントハウスに住み、広い庭を通じて季節を感じることができるのは幸せなことだと感じています。

「そば屋に連れてって!!」の季節も我々の歴史の中にありましたが、最近はどこにもいってません。
期待できる外食がない。知らない。興味ない。
グルメよりも「原種」って感じが強い自分です。
でも、その原種にも、もはや辿ることはできないほど、日本の「食」はおかしな道に入り込んでしまっているようです。

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